桜草










「ようやっと、明日から俺達も一人前の騎士なんだな!」
ルークは伸びをして、嬉しそうに両腕を空中に投げだしてみせる。余程嬉しいのだろう。無論、それはロディとて同じ事だ。
「ああ」
ロディはルークとは違い、落ち着き払って答える。だが、内心では興奮がまだ納まっていなかった。
「何だか長かったようで、あっという間だったなあ」

「ああ……」


ふぅ、と返すべき言葉に似合わない溜息が、ロディの口から洩れる。


「どうしたんだ?」
「え?ああ…いや」
「何だ?もしかして今までの疲れでも溜まったのか?」
「そういう訳じゃない…大丈夫だ」
彼の気遣ってくる様な言葉に、ゆっくりと瞼を閉じる。
すると、何かが自分の顔に近付いてくる気配がした。



「…そんな陰った表情してる奴が大丈夫だなんて嘘、通じる訳ないだろ」





ぶに。




「…何をするんだ」
「何って、その暗い面を明るくするおまじない」
ルークの手はロディの頬を掴み、緩く引っ張った。同時に彼の声は何処か笑みを含んでいて。まるで子供の悪戯と変わらない。
「何だそれは…」
「なぁ、俺じゃ駄目なのか?」
先程の口調とは打って変わり、真面目な口調が耳に届く。
「は?」
「お前、ここのところ、なんかずっとそんな表情してるんだぜ。…気付いてたか?」
瞼をうっすらと開くと、ルークの顔が近くにあった。それも至って真面目な顔が。
「…それは知らなかった」
視線をちっともずらしてくれない彼から離れようとするが、頬を掴んでくる腕がそれを邪魔する。
「痛い。近い。いい加減に離せ」
「嫌だ。お前がその理由を話すまで離してやんねぇ」
「子供かお前は……」


「俺は、お前の相棒だ。だから、放ってなんかおけない」
「……別に、大したことじゃない」
「!」

「…少し、不安になっただけだ」



ロディの視界が暗く、細まる。まるで光をやんわりとさえぎる様に。その中にルークの表情はどんな風に映ったのだろう。
見えもしない先を見据える様に、ロディはぽつりと言葉を継いだ。




「マルス様はとても素晴らしいお方だ。その後に続くジェイガン殿やアラン殿も…皆、私達の目指す騎士の模範であるだろう」
「それはまあそうだ」
「だが、私はそんな立派な方達を超え、その更に上に立つマルス様を護り通せるのだろうか?」
「そんなこと…」
「万が一などあってはならない。それは各々の身に、魂に刻み込まねばならない事だ。それも分かっている」
「…」
「私は彼等の意志を継ぎ、全身全霊を懸けて使命を果たせるのか。それが…時折、重く私に圧し掛かるような…気がしたんだ」
「それは違うだろ」
ルークは暗い気を払う様にあっさりと言い切った。弱い光の中に強く、はっきりとした光が。見える。
「何が…」
「だって、その使命が課せられたのはお前だけじゃねぇ。俺やライアンや、セシル…俺達皆の、使命なんだから」
ロディはゆっくりと、瞳に光を映した。それはとても、ゆっくりと。
「皆が一丸となってで戦うのが、アリティアの戦い方だって、教わっただろ?それに、」
お互いの視線が再びぱちりと合った。


「さっきも言っただろ、俺はお前の相棒なんだぜ、ロディ」
「ルーク…」
「相棒の辛さは、もう一人の相棒が一緒に受けなくてどうするよ」
何て強い、光。道を迷わない、草のた靡く様な、瞳が。
その瞳に自分の瞳を重ね合わせた瞬間に、何処かに潜んでいた不安な感覚がすくっと貫かれたような。
言葉が吐き出されることはなく、ほっと空気だけが漏れた。




「心配なんてすんな。誰だって不安なんかあって当たり前だ。けど、俺達は相棒が居るんだ」




すぐ そこに……………




「だから、もう迷わない。決めたんだ、俺はお前と、皆とマルス様をこの身を賭してお護りするんだって」


それが、俺達アリティア近衛騎士の、道だ






(ああ……これだから、わたしは勝てないのだ。だが………)







その時の声音が、怖いくらい…微塵も彼らしくない優しさであったことを、ロディはこの先忘れる事はないだろうと、思った。









End


ほんのりルクロディ...ロディは何だかんだ言ってもいつもルークに敵わないんだと思います.
ルークはいつもロディの事はお見通し!みたいな(笑. 2011,10,2



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